考えて行動する者こそが勝てる世界

近年のJRAのリーディング上位の種牡馬の血統を分析すると、
アメリカのダート血統が中心であることが分かります。
もちろん日本の2012京都牝馬ステークス地図を塗り替えたサンデーサイレンスが、
バリバリのアメリカダートのトップホースだったわけですから、
その子孫がリーディング上位の大半を占める現状では当然の話ではあります。
しかし、それ以外でもサンデーサイレンス以前の大種牡馬ノーザンテーストや、
三冠馬ナリタブライアンや、マヤノトップガン等を出したブライアンズタイム、
さらにエルコンドルパサーやキングカメハメハの父キングマンボなど、
ここ20年の日本2012シルクロードステークスはまさに北米のダート出身馬に席巻されているのです。
では以前に日本根岸ステークス2012を彩っていた欧州のスタミナ血統はどうなったのでしょう。
例えば欧州から輸入されたパーソロンの血をひくメジロマックイーンなどは、
2011年の3冠馬オルフェーブルの母父に入っており、俄然注目されています。
また、欧州の名馬ニジンスキーの子である名馬マルゼンスキーも、
母父としてスペシャルウィークを出して、さらにこのスペシャルウィークも
ブルードメアサイアーとして大変期待をされています。
瞬発力型のスピード種牡馬が全盛の昨今では、昔ながらの欧州血統が母系に入り、
子の基礎能力をしっかりと下支えするという構図が出来つつあるということなのでしょう。
名馬の血は、見えなくなってからも影響を与え続けるはずです。
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Filed under: 競馬 — admin 9:43 PM

サラブレッドという品種の馬

イギリスは様々な貴族文化の発祥の地であり、競馬もそんな文化の1つです。
もともとは貴族同士がお互いの所有する馬の能力を比べ合うという、
ようはお宝自慢および余興の賭け事として始められたものだと言われます。
その余興を始めたのがイギリスの王侯貴族だったわけです。
1540年には観客を収容できる競走馬用のレースコースが建設されます。
現代ではこのチェスター競馬場こそが近代2012京成杯予想発祥の地であると言うのが定説です。
1700年頃にはサラブレッドという品種の馬が生み出されました。
これは狩猟用のハンター種を基にアラブやトルコ種を掛け合わせることで誕生した、
言わば長年の品種改良による賜物でしたが、それを成し遂げたのもイギリス人です。
この頃にはその馬が優秀な血統であることを証明する種の血統書も作られます。
貴族社会であるイギリスを象徴しているとも言えますが、
この血統書が図らずも競馬という競技を発展させることになるのです。
貴族たちは優秀な馬の子孫を手に入れることをステータスとするようになり、
結果的にこれが「優秀な血統を選別し発展させる」という結果につながったのです。
それ以来なんだかんだ言ってイギリスは世界の日経新春杯2012の中心であり続けています。
アメリカやドバイや香港の競馬も発展しましたが、新しいアメリカJCC2012の形も、
案外またイギリスから産まれてきそうな気がするんですけどね。

Filed under: 競馬 — admin 7:33 PM

既に日本ダービー勝利

「やっと勝てる日本ダービー。 勝利ジョッキーはベテランぞろい。」
日本ダービーで勝てるジョッキーは、相当なキャリアの持ち主であることが普通です。
なかなか簡単には勝てないのが実情です。
2000年以降の日本ダービーの勝利ジョッキーを見てみましょう。
日本人ジョッキーの優勝者の顔ぶれとしましては、
河内洋、角田晃一、武豊、安藤勝己、石橋守、四位洋文、横山典弘、内田博幸、池添謙一、
といった面々になっています。
これらジョッキーのほとんどは、年齢が35歳以上のベテランばかりです。
中でも、安藤ジョッキーや内田ジョッキーは、
地方競馬予想から中央2012フェアリーステークスへの移籍組であり、
苦労を重ねた結果、ようやくダービージョッキーの座を射止めています。
勝利のインタビューで、内田ジョッキーは、
「歯を食いしばって、がんばっていれば、夢はかなう」
という名セリフを残していますが、その苦労が実にしのばれます。
それから、河内ジョッキーが日本ダービーを制したのは、
45歳の時でしたし、
同じく、石橋ジョッキーは40歳の時に日本ダービーを制しました。
さらに時代をさかのぼれば、
中野栄治ジョッキー、安田隆行ジョッキー、小島貞博ジョッキー、柴田政人ジョッキー、
南井克巳ジョッキー、大西直宏ジョッキー、と相当な年配ジョッキーが勝利していることがわかります。
柴田ジョッキーが日本ダービーを制したのは、河内ジョッキーと同じく45歳の時でしたが、
そこに至るまでは、なかなか大変でした。
実績としては、既に日本ダービー勝利にふさわしいものを長年積み重ねてきていたのですが、
勝てるまで相当時間がかかっているわけです。
ついに日本ダービーに勝利できた時のインタビューでは、
「この世の2012シンザン記念関係者全員に言いたい。今回の日本ダービー勝利者は自分なのだと。」
という趣旨の感想を漏らしています。
デビュー以来、輝かしい成果を上げ続けていた武豊ジョッキーにしても、
日本ダービーに勝利するまでにおよそ10年間の歳月を必要としました。
まさに、ジョッキーにとって、
日本ダービーとは、「やっとのことで勝てる」レースといえそうです。

Filed under: 競馬 — admin 11:41 AM